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【節分】由来と歴史を解説!恵方巻と方角の関係とは?

立春が間近に迫る2月上旬、まだまだ寒さが続く中迎える行事として「節分」が挙げられます。豆まきや、恵方巻などを連想する人も少なくない伝統行事ですが、その由来や歴史の詳細を掘り下げて紹介して参りたいと思います。

節分

節分とは?

節分とは「暦日(れきじつ)」の一種です。

暦日とは、年月の経過を暦法によって定めた暦の名称であり、古来の陰陽五行説などを元にして季節の移り変わりを捉えるように用いられています。
以下は主な暦日の一覧です。雑節には、上元、中元、下元、大祓を加えることもあります。

二十四節気

  • 立春
  • 雨水
  • 啓蟄
  • 春分
  • 清明
  • 穀雨
  • 立夏
  • 小満
  • 芒種
  • 夏至
  • 小暑
  • 大暑
  • 立秋
  • 処暑
  • 白露
  • 秋分
  • 寒露
  • 霜降
  • 立冬
  • 小雪
  • 大雪
  • 冬至
  • 小寒
  • 大寒

五節句

  • 人日
  • 上巳
  • 端午
  • 七夕
  • 重陽

雑節

  • 節分
  • 彼岸
  • 社日
  • 八十八夜
  • 入梅
  • 半夏生
  • 土用
  • 二百十日
  • 二百二十日

ご覧の通り、節分とはいわゆる雑節にあたる季節の節目を表す暦であり、その由来は立春、立夏、立秋、立冬の前日、つまり「季かれ目」としての認識から「節分」と呼ばれています。

元来、季節の変わり目には邪気(鬼)が生じるとされており、それを祓うために各季節の節目に悪霊祓いの行事が執り行われていました。1年間に本来であれば4回訪れる節分が、現在では立春の前日のみ重要視されているのは、旧暦における立春に最も近い新月を元旦としていた風潮があり、1年で最も重要な局面であることに由来します。

節分の日にち

一般的に節分といえば2月3日を連想する方が多いと思いますが、実は必ずしもそうではなく、現に去年の2021年の節分は2月2日でした。
なぜ節分の日にちが変わるのか。これは、先述した二十四節気が関係してきます。

節分は立春の前日(※立夏、立秋、立冬の前日も節分ですが、ここでは立春の前日にスポットを当てて解説)に当たるわけですが、二十四節気とは、太陽が地球の周りを1周する軌道を24に分けたものです。

実は太陽が地球の周りを1周するのにかかる時間は365.2422日と、若干の余剰が生じます。

この余剰分が積み重なると、閏年として4年に1度、2月を1日分増やして2月29日を設けることで全体の帳尻を合わせています。

ただし、余剰分の0.2422日(約5時間48分)の帳尻を合わせる為に4年に1度の頻度で1日分(24時間)増やしてしまうと、

0.2422日(約5時間48分)×4年=0.9688日(約23時間15分)に対して、24時間を充当する事になる為、約45分足りない計算になります。

このような軽微な誤差が重なると、立春の時期がずれ込み、必然的に立春の前日に当たる節分が2月3日から2月2日に変わるという仕組みです。

ちなみに、2月2日が節分の年は、近年では1984年と去年の2021年、そして2025年もその年に当たるそうです。

節分の由来と歴史

節分の由来については先述した通り、季節の分かれ目を表し、季節の変わり目に生じるとされる邪気(鬼)を祓う目的で執り行われてきました。

その歴史は平安時代にまで遡ります。

古来中国では追儺(ついな)や鬼遣(おにやらい)と呼ばれる宮中の年中行事が執り行われていました。旧暦において立春は新年とされており、立春の前日に当たる節分はいわゆる大晦日として、年越し、冬から春になる変わり目、寒さ厳しく風邪なども引きやすい時期として最も厄祓いを必要とした時期でもあります。

その為、新たな年を迎えるにあたって疫鬼を祓い、福を迎えて年を越すという意味で年中行事として広がって行きました。

邪気(鬼)を祓うのに豆を撒くのにも由来があります。

  • 穀物には生命力と魔除けの呪力が備わっている
  • 豆を魔目と魔滅に掛けて、鬼の目にぶつけて鬼を滅する
  • 中国の医学書に「豆は鬼毒を消して痛みを止める効果がある」と書かれている
  • 五穀(稲、麦、粟、稗、豆)の中で最も投げつけると痛いから

以上が節分で豆を撒く由来とされています。(※諸説あります)

また、「鬼は外、福は内」という掛け声で認知されている豆撒きですが、地域によっては「福は内、鬼も内」とする場合もあります。例えば、奈良県吉野町の金峯山寺(きんぷせんじ)では、鬼を役行者が改心させたという言い伝えられており、山伏が豆を撒くと鬼がひれ伏し改心するということから、このような掛け声になったとされています。

節分の食べ物

節分と聞いて食べ物を連想する人も多いと思います。この項目では、節分に由来する食べ物について紹介して参ります。

大豆

升と豆

節分で豆を年の数だけ食べるという話は有名だと思います。

これは、福豆と呼ばれる大豆を炒ったものを食べることで、福を体内に取り入れる意味合いがあります。

なぜ豆を炒る必要があるのかというと、「炒り豆の花が咲く」という古事成語に由来します。
これは、炒った豆から芽が出て花が咲くというようにありえないことが起こる、一度衰えたものが再び勢いを盛り返すという意味があり、縁起が悪いとされています。

邪気(鬼)を祓った豆が勢いを盛り返さないように、しっかりと炒った豆を頂きます。

そして、歳の数だけの豆を食べるという風習ですが、これは先述した通り追儺という行事に由来します。当時は歳を越すと一斉に歳を取るとされていた為、歳の数というのは、数え年のことを指します。

最も、厳格な決まりがあるわけではないので、実年齢分の豆を食べても問題はありません。大事なのは、邪気を祓い無病息災を願うということです。

恵方巻と方角

恵方巻

節分の時期が近づくとコンビニやスーパーなどで恵方巻の広告が目立ち始めます。

多様な具材を盛り込んだ巻寿司を恵方の方角を向きながら無言で食すという慣習は有名ですが、実はその起源については不明な部分が多いと言います。

先述した通り、旧暦の大晦日にあたる立春前日の節分には、歳徳神(歳神様)の座す方角へ歳徳棚を設えて新年の歳神様をお迎えするお供えをする風習に由来します。

恵方巻自体が現れ始めのは江戸時代と言われています。一説によると、商人の町大阪において、海苔業者が販売促進のために展開したとも言われていますが、その実態は定かではありません。

ちなみに、「恵方巻」という名称については1989年に広島市中区のセブンイレブン入舟店担当本部社員の野田靜眞(しずま)氏が仕掛けたとされており、それ以前の「恵方巻」名称の使用について文献は残っていないそうです。

そんな恵方巻ですが、具材は七福神になぞらえて7種を使用することが多いです。

  • かんぴょう
  • きゅうり
  • 伊達巻
  • うなぎ
  • 桜でんぶ
  • 椎茸煮
  • 海老

これら7種類が固定されているわけではありませんが、主だった素材は上述の通りです。また、撃退して逃げた鬼が忘れていった金棒に見立てたという説もあります。

この恵方巻を恵方の方角を向いて黙って一気に食すという文化ですが、まず恵方という方角は歳神様が座す方角であり、これは年によって変わります。

基本的に恵方の方角は、東北東、西南西、南南東、北北西の4方角と十干(甲乙丙丁戊己庚申壬葵)によって決まります。

十干と干支の関係を紐解くと、それだけでかなりのボリュームになってしまうので、ここでは結論だけお答えします。

西暦下一桁と十干と恵方の関係

  • 0・・・庚(かのえ)の年・・・西南西
  • 1・・・辛(かのと)の年・・・南南東
  • 2・・・壬(みずのえ)の年・・・北北西
  • 3・・・癸(みずのと)の年・・・南南東
  • 4・・・甲(きのえ)の年・・・東北東
  • 5・・・乙(きのと)の年・・・西南西
  • 6・・・丙(ひのえ)の年・・・南南東
  • 7・・・丁(ひのと)の年・・・北北西
  • 8・・・戊(つちのえ)の年・・・南南東
  • 9・・・己(つちのと)の年・・・東北東

恵方の4方角

  • 東北東
  • 西南西
  • 南南東
  • 北北西

厳密に言えば、方角に若干の誤差はあります。若干南だったり、若干東だったりと。ですが、大まかに以上の法則が当てはまる為、今年2022年の恵方は北北西の方角であることがわかります。

ちなみに、見ての通り南南東の割合が多い為、方角としては南南東に当たることが多いです。

恵方巻を無言で一気に食べる習慣については、恵方巻の起源に定説が無いこともあり、あくまでも解釈の問題になりますが、一般的に言われているのが、切ってしまうと縁やご利益が切れるとされていることに由来します。

黙って食べるというのは、食べている途中に喋ってしまうと、口から福が逃げていくと言われているからです。

とは言え、あくまでも解釈の問題である為、捉え方は人それぞれで問題ないと思われます。現実的に、輪切りにしたほうが食べやすいのも事実ですし、具沢山な恵方巻は断面も鮮やかで食卓に彩りを添えてくれるという認識もありだと思います。

柊とイワシ

柊鰯

節分とイワシの起源は平安時代にまで遡ります。先述の通り、季節の変わり目には邪気が生じやすく、特に旧暦の大晦日に当たる立春前日の節分には、魔除けの意味を込めて門口に注連縄と柊にボラの頭を刺して飾る風習がありました。

これは、紀貫之が934年頃に執筆した土佐日記にも記されていることから、当時の慣習として成立していたことが窺えます。

ボラがイワシに変わった時期と経緯については残念ながら不明ですが、江戸時代には既にボラではなくイワシが使われいたとされており、変遷の経緯は流通量ではないかとも言われています。

結果として、イワシ独特の臭みが邪気(鬼)を祓ってくれるとされ、刺々しい柊の葉で鬼を刺し、イワシの臭気で鬼を追い払うとして飾られるようになりました。

柊とイワシを飾る慣習は、西日本を中心に執り行われ、イワシの身は焼いて食べる文化も定着しています。

まとめ

節分とは立春、立夏、立秋、立冬の前日にあたり、各季節の分け目の意味があります。

旧暦の元旦にあたる立春の前日が1年の締め括りとして最も重要な節分として今に至ります。

季節の変わり目、特に年末に邪気(鬼)を祓う為に豆撒きをしたり柊鰯を飾ります。

恵方は歳徳神の座す方角で、十干をもとに年により方角が決まる。

恵方巻は比較的近年に普及した慣習で、恵方の方角を向きながら黙って一気に食すことで運気を取りこぼさず体内に入れる意味合いがあるとされています。

以上のように、一口に節分と言っても由来や歴史を紐解くとその奥深さに驚かされます。また、地域によってもその習慣に若干の差異がある為、地域毎に根付いた独特な風習に着目しても面白いかもしれません。

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