【パラリンピック】成田緑夢の現在と夢は!?事故による怪我で足切断の危機!?親によるスパルタ指導!?

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こんにちは、ショコラです。

今回は、成田緑夢さんを取り上げます。

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フリースタイルスキー、スノーボード、トランポリン競技をこなす陸上競技選手・成田緑夢さんが障害者スノーボードワールドカップにおいて、見事優勝を果たしました。

平昌パラリンピック日本代表としても注目を集めている成田緑夢さんについて調べました。

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『事故による怪我で足切断の危機!?親のせいで家庭崩壊!?』

成田緑夢(なりた ぐりむ)さんは、1994年2月1日生まれの現在24歳。

大阪府大阪市出身で、幼少期よりスノーボードをはじめ、トランポリン競技に励みます。

2012年11月からはフリースタイルスキー・ハーフパイプにも取り組み、翌2013年のフリースタイルスキー世界選手権に日本代表として出場しています。

成田緑夢さんには9歳上の兄と、5歳上の姉がいます。

長男が元スノーボード選手で、現在タレントの成田童夢(どうむ)さん32歳。

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童夢さんの妹で緑夢さんの姉に当たるのが、元スノーボード選手で、現在タレントの今井メロさん(本名は、今井夢露)30歳です。

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緑夢さん同様、童夢さんも今井メロさんもスノーボード選手として名前が知られており、ふたりは2006年のトリノオリンピックにも出場しています。

しかし、童夢さんと今井メロさんが幼い頃に両親が離婚し、今井メロさんだけが母方の姓を名乗っている為、苗字が異なります。

そして、父親のスポーツ教育がほぼ虐待に近いほどにスパルタだったと言います。

特にスノーボードの練習方法として、早朝から深夜まで、学業そっちのけで教え込むほどに熱心でした。

結果、金メダルを期待されていたトリノオリンピックではまさかの予選敗退。

これを機にふたりは違う道を歩むことになります。

内容はさておき、生活のほとんどすべてを練習につぎ込んできただけに、五輪での予選敗退のショックは大きいでしょう。

トリノオリンピック後、ふたりは引きこもりがちになり、童夢さんは元々好きだったというサブカルチャーに傾倒し、いわゆるオタクタレントとして活動し始めます。

その突飛な発想と言動から、一部では発達障害ではないか!?とも噂されていたほどです。

今井メロさんは、家を飛び出し、夜の仕事をいくつか経験し、父親の異なる2人の子供を産み、2013年にヘアヌード写真集を出し、2017年にセクシー女優としてもデビューしています。

一方の末っ子、成田緑夢さんはオリンピック出場経験こそ無いものの、ずっとオリンピックを夢見て厳しい練習に励んできました。

その実力は、実は兄や姉を上回るとも言われていました。

しかし、2013年4月、トランポリン練習中の事故で左足腓骨神経麻痺となります。

これは、医師から左足を切断することになるかも、と宣告されたほどに重度な障害で、自力で歩行はできるものの、左足を終始引きずる為、左足の靴だけ摩耗が早いというほどです。

当然、事故後はふさぎ込み、スポーツそのものを諦めようとさえ思ったそうです。

 

体を動かすことが大好きだった青年が、一時は「スポーツをやめたい」とふさぎ込んだ。

「スポーツを楽しんでみよう」と気持ちを切り替え、運動を再開。

健常者も出るウェイクボードの大会で優勝すると、障害のある人からSNSでメッセージが届いた。

「緑夢君の頑張る姿を見て、僕も、もう一度スポーツをやってみようと思った。勇気をありがとう」。

この瞬間、パラリンピック出場という新しい夢ができたという。

「僕がスポーツをすることで、人に影響を与えられると知った。これを、もっと大きな舞台でやれたらいい」

2017年12月27日「朝日新聞DIGITAL」参照

 

事故による怪我にもめげずに、前を向いて進もうと決意した成田緑夢さんの快進撃が始まります。

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『現在は夢のパラリンピックへ!?』

1998年、緑夢さん4歳の時に、長野オリンピックでスノーボードのデモンストレーターを務め、オリンピック出場を夢見てきました。

不慮の事故によって絶望的とも思われたその夢を諦めることなく、現在は障害者競技への積極的な参加を見せています。

2017年には自身初となるトライアスロンにも挑戦し、自身の活動によって、人に勇気や希望を与えられるのが目標と語っています。

もともと、スノーボードにおける実力は他の追随を許さず、ワールドカップでも優勝を果たしています。

2018年2月9日配信の「朝日新聞DIGITAL」では以下のように取り上げています。

 

障害者スノーボードのワールドカップ(W杯)は8日、カナダ・ビッグホワイトでバンクドスラロームがあり、男子の下肢障害で平昌パラリンピック日本代表の成田緑夢(近畿医療専門学校)が優勝した。

6日のスノーボードクロスに続いて2冠に輝いた。

平昌パラリンピック前の最後の国際大会で、成田が最高の結果をつかんだ。

コース上の旗門を通過しながら滑り降りるバンクドスラローム。

成田は1回目で1分11秒04の最速タイムをたたき出すと、2回目の滑走もトップタイムでゴール。

2位に4秒79の差をつける快勝だった。

レース後、成田は無料通話アプリ「LINE」を使って自身で記者会見を開き、「今年は天候や雪質、コースに合わせた滑りをしたいと思ってやってきた。それができている」と手応えを語った。

成田と同じく平昌パラリンピックの日本代表で、大腿(だいたい)障害の小栗大地(三進化学工業)は4位だった。

 

2020年東京オリンピック・パラリンピック出場を目指いしている成田緑夢さんですが、まずは平昌パラリンピックでのメダルに期待が高まります。

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