【死去】西部邁の手袋の理由は病気!?息子により通報!?

alt="西部邁"

こんにちは、ショコラです。

今回は、西部邁さんを取り上げます。

alt="西部邁"

本日、2018年1月21日、評論家の西部邁さんが死去しました。

西部さんは、保守派の評論家として、新聞や雑誌などで広く自身の主張を展開してきました。

元経済学者であり、元東京大学教養学部教授でもあった西部邁さんについて、調べました。

スポンサーリンク

 

『病気で手袋着用!?』

西部邁(にしべ すすむ)さんは、1939年3月15日に北海道は長万部町に産まれます。

18歳まで重度の吃音で、ほとんど喋ることなく生きてきた西部さんですが、高校卒業まではマルクスもレーニンも毛沢東も知らない、所謂ノンポリでした。

1958年に1年間の浪人の末、東京大学に合格し、同年12月に結成された共産主義者同盟(ブント)に加盟します。

また、東京大学教養学部自治会委員長、全学連中央執行委員を務め、1961年3月に東京大学経済学部を卒業し、東京大学大学院に進学。

経済学を専攻し、1971年3月に東京大学大学院経済学研究科理論経済学専攻修士課程を修了し、経済学修士となります。

横浜国立大学経済学部助教授、東京大学教養学部助教授を歴任し、カリフォルニア大学バークレー校、ケンブリッジ大学にも在籍し、帰国後、80年代以降大衆社会批判を軸とした保守論者として活動を始めます。

そんな西部邁さんですが、TOKYO MX放送の「西部邁ゼミナール」などで手袋を着用している姿が印象に残っている人も少なくないのではないでしょうか。

alt="西部邁 手袋"

この手袋について、西部さん自身は「頭の調子は悪くないが、身体の調子が良くない」とコメントし、手袋の理由という具合に説明しています。

ではその病気とは何なのか?

それは、「掌蹠膿疱症」という病気のようです。

掌蹠膿疱症は、「しょうせきのうほうしょう」と読み、手や足に膿疱、つまり膿を持った皮疹が現出する病気です。

この病気の特徴は、ウィルスやばい菌に関係無く皮疹が発生することにあり、詳しい原因は不明との事です。

一説によると乾癬とも関係があると言われていますが、その因果関係は未だに立証されていないようです。

その皮疹を隠すために、あるいは手を保護するために手袋を着用していたというわけです。

スポンサーリンク

 

『死因は!?息子により通報!?』

西部邁さんには、高校時代の友人だった嫁がいました。

残念ながら嫁は西部邁さんより先に死去してしまいます。

そしてふたりの間には1人の息子と、1人の娘がいます。

娘の情報については詳細が出ておらず不明ですが、息子についてはある程度調べることができました。

西部邁さんの息子は名前を西部一明(かずあき)さんと言い、海外で料理を学び、西麻布のイタリアンレストランでオーナーを務めていたそうです。

お店は既に閉店しているようで、現在は早稲田大学公共政策研究所客員研究員として働いているようです。

その息子から警察に通報があったのが、本日2018年1月21日午前6時半過ぎ頃で、通報内容は父・西部邁さんが川に飛び込んだというものでした。

2018年1月21日配信の「TBS NEWS」では、以下のように報じています。

 

午前6時半すぎ、東京・大田区の多摩川で、「父親が飛び込んだようだ」と西部さんの息子から110番通報がありました。

駆けつけた警察官らが川で流されている西部さんを見つけ、救助しましたが病院で死去が確認されました。

遺体に目立った外傷はなく、遺書のようなものが見つかっていることから、警視庁は自〇とみて調べています。

 

まだ公式な見解はなされていませんが、同紙の報道の通り、遺書が発見されたという事で自〇の線が濃厚となっている今、生前の西部邁さんが抱えていた苦悩と、おそらくそれらが記されているであろう遺書の内容が気になります。

今はただ、故人のご冥福をお祈り申し上げます。

スポンサーリンク

Be the first to comment on "【死去】西部邁の手袋の理由は病気!?息子により通報!?"

Leave a comment

Your email address will not be published.


*