【現在】笑福亭仁鶴の嫁と子供は!?病気はパーキンソン病!?

alt="笑福亭仁鶴"

こんにちは、ショコラです。

今回は、笑福亭仁鶴さんを取り上げます。

alt="笑福亭仁鶴"

上方落語の演者、3代目笑福亭仁鶴さんに心配の声が多く寄せられています。

それは、今月16日に死去した弟子の笑福亭仁勇さんの葬儀にさえも姿を見せず、長らく公の場に姿を見せていないからです。

それには、仁鶴さんの私生活が大きく関係していると言います。

そんな笑福亭仁鶴さんについて調べました。

スポンサーリンク

 

『嫁と子供は!?』

笑福亭仁鶴(しょうふくてい にかく)さんは、本名を岡本武士(おかもと たけし)と言い、1937年1月28日生まれの現在80歳です。

大阪府大阪市出身で、高校卒業後に初代桂春団治の落語をレコードで聞き、芸界に魅せられます。

もともとは演芸好きの仲間で「天狗連」というアマチュア団体を結成し、素人参加番組に出演していました。

その後、1961年3月に番組審査員だった6代目笑福亭松鶴に入門を懇願し、4月1日に正式に弟子入りします。

初舞台は翌1962年4月、仁鶴さん25歳の時に、高島屋で行われた若手落語会によるものです。

師匠の6代目松鶴さんや弟子のほとんどが松竹芸能所属ですが、仁鶴さんは3代目林家染丸さんの誘いで、初期の頃から吉本興業に所属しています。

京都花月で吉本デビューを果たした後、1967年4月に吉本新喜劇の女優、永隆子さんと結婚します。

alt="岡本(永)隆子"

永隆子(えい たかこ)は芸名で、本名は末永隆子(すえなが たかこ)、結婚後は岡本隆子となります。

1944年12月9日生まれで長崎県出身で、京都の短大在学中に劇団に入るも、他の団員との考え方の違いを理由に退団。

大学卒業後は、京都映画撮影所内のプロダクションに所属。

1965年10月にはプロダクションを辞め、吉本興業の門を叩き、新喜劇の研究生となります。

きっかけは、プロダクションでの事務仕事の最中、女優の武原英子さんを目にしたことに起因します。

仁鶴さんとの出会いは、同年12月1日に出演したなんば花月での初舞台でした。

舞台でセリフを間違えた隆子さんに対し、仁鶴さんは「この世界に向いていない」などといった痛烈な言葉を浴びせますが、1967年2月に再会し、以後仁鶴さんが隆子さんに惹かれていきます。

その後、仁鶴さんから結婚を前提とした交際を申し込み、熟考の末隆子さんはこれを了承。

同年4月に結婚します。

隆子さんは結婚に合わせて芸界を辞め、仁鶴さんを献身的に支えていくようになります。

それは、吉本を退く際に挨拶回りの時に河村節子さんから、「芸人の嫁」になることについて滔々と説かれたことが深く心に響いたと言われています。

舞台に立つ人間にとって体が資本であり、家事や雑事等、芸以外の事で煩わせたりせず、健康に気を遣い、決して病気をさせない食事を提供する。などです。

隆子さんは芸人の嫁としての心得を遵守し、多忙な仁鶴さんを十二分に支えてきました。

また、ふたりの間に子供はいないようです。

レギュラー番組を一日に6、7本抱えていたときもあったという仁鶴さんと、夫を徹底的にサポートする嫁隆子さんに子供を作っている暇は無かったのかもしれません。

子供はいなかったものの、仁鶴さんの弟子たちが家の雑事を担うようになると、隆子さんも彼らに教育指導をすることも多々あったようです。

夫婦でバラエティ番組に出演することも度々あるほどのおしどり夫婦でしたが、2017年6月2日、岡本隆子さんが大阪府内の病院で死去します。享年72歳でした。

最愛の嫁を亡くした仁鶴さんの悲嘆は想像以上でした。

嫁の死去が、現在の仁鶴さんに大きな影響を及ぼしています。

スポンサーリンク

 

『現在は病気療養中!?パーキンソン病!?』

冒頭でも紹介しましたが、今月16日に死去した弟子の笑福亭仁勇さんの葬儀にも姿を見せなかった仁鶴さん。

そんな彼の近況について、2017年12月24日配信の「日刊スポーツ」では以下のように取り上げています。

 

もう半年ほど、上方落語の重鎮、笑福亭仁鶴さん(80)が姿を見せていない。

今月16日には、脳出血のため、弟子の笑福亭仁勇さん(享年59)が急死。

18日に通夜、19日に告別式が行われたが、訪れることはなかった。

通夜の夜、式場近くで働く女性に呼び止められた。

「なあ、仁鶴さん、来てはんの?」

大阪市北部の式場付近には工場、会社が多く、女性は仕事帰りに通りかかったようで、仁勇さんの葬儀を告げる看板を見て、仁鶴さんを心配していた。

「最近、見いひんけど、どうしてはんの? 花月(舞台)は出てはんの?」

質問攻めにあったが「ええ…お休みが続いています」と答えるしかなかった。

仁鶴さんは今年5月、NHK「バラエティー生活笑百科」の収録を、放送32年で初めて欠席した。

実はこのころ、最愛の隆子夫人(故人)の調子も芳しくなかったようで、仁鶴さんの心労もピークだった。

そして6月2日、夫人が亡くなり、以後はしばらく喪中休みに入った。

その間も、恩人である先代林家染丸さんの五十回忌興行には「約束やから」と出演。

7月ごろ、なんばグランド花月の舞台や、「-笑百科」、読売テレビ「大阪ほんわかテレビ」などのレギュラーにも復帰したが、夏場に入り、休演が続き、8月、9月と花月の出番もキャンセルした。

上方落語の関係者は、「夫人を亡くしたショックも癒えぬ中、暑さで体調を崩し、仕事もキャンセルしたことで、心に張りがなかなか戻らないようだ」と話す者もいる。

その最中の弟子の急死だった。

仁勇さんの兄弟子で、仁鶴一門の筆頭弟子、笑福亭仁智さん(65)も、師匠の様子を聞くと、表情を曇らせた。

仁智さんは、仁鶴さんの現況を思い、体調も良くないことから、タイミングをみはからって、師匠宅を訪ね、弟子の急死を告げた。

すると、仁鶴さんは「ええ、なんでや…」と言ったまま絶句。

「師匠はたいへんショックを受けられ、その後の言葉がまったく出てこない状態で…」と振り返った。

通夜、告別式の日程など、とても口にできる状態ではなかったという。

師弟の間で長くて重く、苦しい時間が流れるばかりだった。

そして、通夜の日の夜、式場には、仁鶴さんからの花だけがあった。

ここに来て、弟子の急死。

とても参列できる状態ではなかった。

 

同紙によると、嫁である隆子さんの死(2017年6月2日)と、弟子である仁勇さんの死(2017年12月16日)が仁鶴さんの体調に大きく影響しているのではないかと報じています。

それとは別に、仁鶴さん自身の病気説も浮上しています。

仁鶴さんは1986年4月5日からレギュラー出演していたバラエティ番組「バラエティー生活笑百科」を2017年5月27日放送回を欠席しています。

これは、仁鶴さんが相談室長を務めて32年目にして初めての出来事です。

所属事務所の吉本は体調不良とだけ説明していましたが、一部ではパーキンソン病という声も挙がっています。

パーキンソン病とは、脳の異常により、身体の動きに障害が出る病気です。

手足の震えや、筋固縮などが症状として挙げられます。

2016年7月30日配信の「NEWSポストセブン」では、「バラエティー生活笑百科」を愛してやまないというSさんのコメントを取り上げています。

 

「できれば仁鶴さんに出演し続けて欲しいと思いますが、体力の問題もありますし、呂律が怪しくなっているのも事実です。」

 

呂律が回らないのもパーキンソン病における症状のひとつとして考えられます。

しかし、仁鶴さんが病気である事実や、パーキンソン病である事実も確認はできていません。

以上、推測の域を出ない情報ですが、大切な人を2人も亡くしたことによる心労はあったと思われます。

いずれにせよ、今後の笑福亭仁鶴さんの動向に注目が集まります。

スポンサーリンク

Be the first to comment on "【現在】笑福亭仁鶴の嫁と子供は!?病気はパーキンソン病!?"

Leave a comment

Your email address will not be published.


*