【5人目の被害者】桂あやめが事件の想いを激白!!娘と父親は?

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こんにちは、ショコラです。

 

今回は、桂あやめさんを取り上げます。

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上方落語で活躍中の女性落語家の3代目桂あやめさんが、9月1日放送のTBS系「爆報!THEフライデー」で1991年12月に起きた「スナックママ4人連続殺人事件」について語りました。

当時5人目の被害者として狙われていた桂あやめさんについて調べました。

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『事件の概要』

1964年1月31日(戸籍上2月1日)生まれの現在53歳となる桂あやめさん。

本名は入谷ゆか(いりたにゆか)といい、兵庫県神戸市で生まれ、中学2年次の課外授業「上方落語鑑賞」で落語に夢中になり、1982年6月5日に5代目桂文枝(当時は3代目小文枝)に入門します。

当時は桂花枝(はなし)を名乗り、同年11月に京都蛸薬師の桂文太の会で初舞台を踏みます。

1994年6月6日に3代目桂あやめを襲名し、1999年に林家染雀との音曲漫才コンビ「姉様キングス」を結成し注目を集めます。

この「桂あやめ襲名」は、本来1992年4月に執り行われる予定でしたが、「スナックママ4人連続殺人事件」が起きたため、襲名を先延ばししました。

 

1991年12月、兵庫県・島根県・京都府でスナックを経営する女性4人が当時35歳の男に殺害された事件です。

姫路市、松江市、そして京都市で2件の事件を起こし、1992年1月5日、大阪市天王寺区にある桂あやめさんの自宅マンションに隣人を装って侵入。

桂あやめさんの首を絞めて失神させ、現金を奪って逃走。

その2日後に逮捕されます。

2017年9月1日配信の「スポーツ報知」では、桂あやめさん自身の体験を取り上げています。

 

容疑者が今年7月に死刑を執行されたことで、殺されかけた“5人目の被害者”として、現在の心境を赤裸々に語った。

まずは、以前に取材を受けたVTRを紹介。

事件当時、独り暮らしだった自宅に押し入られ、首を絞められて意識を失うも、息を吹き返して犯人と必死に会話を交わしたことを振り返った。

会話をしたことで犯人は現金だけを奪い逃走、“話芸”で九死に一生を得たが、その後PTSDを患い今なお事件に苦しまされていることを告白した。

今回は、容疑者に死刑が執行されたことを受けてのインタビューで、「実は、伝言を伝えられたんです」元死刑囚から伝言を受けていたことを打ち明けた。

桂の知人が元死刑囚と拘置所で一緒になっていたといい、知人が「犯人が『あやめちゃんに会ったらごめんって言っておいて』と言われた」と伝言されたことを明かした。

だが、「ごめんって言われても…」と怒りは収まっていない。

「私は許せないって一点張りで、私1人しか残ってないからこそ許したらあかんって言う気持ちとが凄くありまして。

(亡くなった)他の人は絶対に許せないじゃないですか。

許すことも怒ることもできないし、それを思ったら私が勝手に許したらあかん。

向こうが死刑執行されようと、許せるもんでもない。絶対そういう事件を許せない」と心境を語った。

 

自身の危機もさることながら、被害者の事を強く思う桂あやめさんの気持ちが伝わってきますね。

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『娘と父親は?』

現在娘さんが一人いる桂あやめさん。

24歳の時に4歳年上の照明技師と結婚しますが、3年目で離婚します。

この時の技師さんとの間に子供はできていないようです。

1995年1月17日の阪神・淡路大震災で母親を亡くしますが、気丈に振る舞い、体調を崩した父親を自身のアパートに引き取り、面倒を見ます。

当時の話は後に出演する「徹子の部屋」で語られています。

そして、2002年に38歳で第1子となる女児を出産し、シングルマザーとなりますが、父親の名前は明かしていません。

現在娘さんは15歳。

シングルマザーとして多感な年頃の娘を持つのは大変でしょう。

父親の名前を明かしていないのは気になりますが、考えられる理由は3つ。

1.大物の為、世間を騒がせないように伏せている。

2.一般人の為、公にできずに伏せている。

3.上記2に付随するが、相手に都合が悪く公表を拒否している。

最も、本人が伏せている以上、無理に伺う必要もないでしょう。

いずれにせよ、女手一つで子供を育てていく覚悟に称賛を送ります。

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